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第14章 点推定

この章で学ぶこと

  • 推定量の「良さ」を測る基準:不偏性・平均二乗誤差・一致性・有効性
  • 推定量の作り方1:モーメント法
  • 推定量の作り方2:最尤法(最尤推定量)
  • フィッシャー情報量 と クラメール・ラオの不等式:不偏推定量の分散の下限
  • 最尤推定量の 漸近正規性 と漸近有効性
  • 十分統計量

母集団の未知の母数 \(\theta\)(母平均、母分散、母比率など)を、標本から1つの値で言い当てることを 点推定 といいます。 この章では「どうやって推定量を作るか」と「どの推定量が良いのか」を、数学的に考えます。数理統計学の中心的なテーマです。

14.1 推定量と推定値

定義 14.1(推定量と推定値)

母数 \(\theta\) を推定するための統計量 \(\hat{\theta} = T(X_1, \dots, X_n)\) を、\(\theta\) の 推定量(estimator)という。 実際に得られたデータ \(x_1, \dots, x_n\) を代入した値 \(T(x_1, \dots, x_n)\) を 推定値(estimate)という。

推定量は確率変数(標本のとり方によって値が変わる)、推定値はその実現値(ただの数)です。 「\(\hat{\theta}\)」(シータ・ハット)のように、推定量には帽子をかぶせて表すのが慣習です。

同じ母数に対して、推定量はいくらでも考えられます。母平均 \(\mu\) を推定するのに、標本平均 \(\bar{X}\) を使ってもよいし、中央値でも、最初の1個 \(X_1\) でも、最大値と最小値の平均でもかまいません。 では、どれが「良い」推定量なのでしょうか。

14.2 良い推定量の基準

不偏性

定義 14.2(不偏推定量)

\[ E[\hat{\theta}] = \theta \]

がすべての \(\theta\) で成り立つとき、\(\hat{\theta}\) を \(\theta\) の 不偏推定量 という。\(E[\hat{\theta}] - \theta\) を 偏り(バイアス)という。

不偏性は「平均的には的の中心に当たっている」ことを意味します。\(\bar{X}\) は \(\mu\) の、\(S^2\)(\(n - 1\) で割る)は \(\sigma^2\) の不偏推定量でした(第13章)。

偏りとばらつき
図14.1 推定量の良さを的当てにたとえる。標本をとり直すたびに推定値(点)が変わる。理想は左端の「偏りなし・ばらつき小」。偏りがなくても、ばらつきが大きければ1回の推定は大きく外れうる。

平均二乗誤差

図14.1が示すように、偏りがないだけでは不十分で、ばらつきの小ささも重要です。両方をまとめて評価するのが平均二乗誤差です。

定義 14.3(平均二乗誤差)

\[ \mathrm{MSE}(\hat{\theta}) = E\big[(\hat{\theta} - \theta)^2\big] \]

を \(\hat{\theta}\) の 平均二乗誤差(mean squared error)という。

定理 14.1(MSE の分解)

\[ \mathrm{MSE}(\hat{\theta}) = V[\hat{\theta}] + \big(E[\hat{\theta}] - \theta\big)^2 = \text{分散} + \text{偏り}^2 \]
証明

\(\hat{\theta} - \theta = (\hat{\theta} - E[\hat{\theta}]) + (E[\hat{\theta}] - \theta)\) と分解して2乗の期待値をとります。第2項は定数なので

\[ E\big[(\hat{\theta} - \theta)^2\big] = E\big[(\hat{\theta} - E[\hat{\theta}])^2\big] + 2(E[\hat{\theta}] - \theta)\underbrace{E\big[\hat{\theta} - E[\hat{\theta}]\big]}_{= 0} + (E[\hat{\theta}] - \theta)^2 \]

第2章の定理2.3と同じ「平方和の分解」です。不偏推定量なら MSE = 分散 です。

MSE の観点では、不偏推定量が最良とは限りません。少し偏りを許すことで分散が大きく減るなら、MSE は小さくなりえます(偏りと分散のトレードオフ)。

例:正規母集団の分散 \(\sigma^2\) を、平方和 \(\sum(X_i - \bar{X})^2\) を \(d\) で割って推定します。\(\sum(X_i - \bar{X})^2/\sigma^2 \sim \chi^2(n - 1)\)(平均 \(n - 1\)、分散 \(2(n - 1)\))を使うと

\[ \frac{\mathrm{MSE}}{\sigma^4} = \left(\frac{n - 1}{d} - 1\right)^2 + \frac{2(n - 1)}{d^2} \]

で、\(d = n - 1\)(不偏)のとき \(\frac{2}{n - 1}\)、\(d = n\) のとき \(\frac{2n - 1}{n^2}\)、\(d = n + 1\) のとき \(\frac{2}{n + 1}\) となり、MSE は \(n + 1\) で割るときが最小 です。

分散の推定量のMSE比較
図14.2 正規母集団の分散の推定量の MSE。不偏推定量($n - 1$ で割る)は、わずかに偏った推定量より MSE が大きい。

一致性

標本を増やせば正しい値に近づく、というのは推定量に求められる最低限の性質です。

定義 14.4(一致推定量)

\(n \to \infty\) のとき \(\hat{\theta}_n \xrightarrow{P} \theta\)(確率収束)となるならば、\(\hat{\theta}_n\) を \(\theta\) の 一致推定量 という。

定理 14.2(一致性の十分条件)

\(\mathrm{MSE}(\hat{\theta}_n) \to 0\) ならば、\(\hat{\theta}_n\) は一致推定量である。特に、不偏推定量で \(V[\hat{\theta}_n] \to 0\) ならば一致推定量である。

証明

マルコフの不等式(第6章 定理6.3)を \((\hat{\theta}_n - \theta)^2\) に適用すると

\[ P\big(|\hat{\theta}_n - \theta| \ge \varepsilon\big) = P\big((\hat{\theta}_n - \theta)^2 \ge \varepsilon^2\big) \le \frac{E[(\hat{\theta}_n - \theta)^2]}{\varepsilon^2} = \frac{\mathrm{MSE}(\hat{\theta}_n)}{\varepsilon^2} \to 0 \]

\(\bar{X}\) が \(\mu\) の一致推定量であることは、まさに大数の法則です。一方、\(\hat{\mu} = X_1\)(最初の1個だけ使う)は不偏ですが、\(n\) を増やしても分散が \(\sigma^2\) のままなので一致推定量ではありません。

有効性

不偏推定量どうしなら、分散が小さい方が良い推定量です。2つの不偏推定量 \(\hat{\theta}_1, \hat{\theta}_2\) について、分散の比 \(V[\hat{\theta}_2]/V[\hat{\theta}_1]\) を \(\hat{\theta}_1\) の \(\hat{\theta}_2\) に対する 相対効率 といいます。

例(平均と中央値):正規母集団 \(N(\mu, \sigma^2)\) では、標本平均も標本中央値も \(\mu\) の不偏推定量です。\(V[\bar{X}] = \sigma^2/n\) に対し、標本中央値の分散は \(n\) が大きいとき約 \(\frac{\pi\sigma^2}{2n}\) なので、 平均の中央値に対する相対効率は \(\pi/2 \approx 1.57\)。中央値で同じ精度を得るには約1.57倍のデータが必要です。

平均と中央値の効率の比較
図14.3 正規母集団(左)では標本平均の方がばらつきが小さく効率的。しかし裾の重い母集団(右)では、外れ値の影響を受けにくい中央値の方が効率的になる。どの推定量が良いかは母集団分布による。

では、不偏推定量の分散はどこまで小さくできるのでしょうか。その限界を示すのが、14.5節のクラメール・ラオの不等式です。

14.3 モーメント法

推定量の作り方として最も素朴なのが モーメント法 です。

定義 14.5(モーメント法)

母集団の \(k\) 次モーメント \(E[X^k]\) は母数 \(\theta\) の関数です。それを標本の \(k\) 次モーメント \(\frac{1}{n}\sum X_i^k\) と等しいとおいた方程式を、母数の個数だけ連立して解いて得られる推定量を モーメント推定量 という。

大数の法則により、標本モーメントは母集団のモーメントに確率収束するので、モーメント推定量は(多くの場合)一致推定量になります。

例1(ガンマ分布):\(Ga(\alpha, \lambda)\) では \(E[X] = \alpha/\lambda\)、\(V[X] = \alpha/\lambda^2\) です。標本平均 \(\bar{X}\) と(\(n\) で割った)標本分散 \(\tilde{S}^2\) を等しいとおくと

\[ \frac{\alpha}{\lambda} = \bar{X}, \quad \frac{\alpha}{\lambda^2} = \tilde{S}^2 \quad\Longrightarrow\quad \hat{\lambda} = \frac{\bar{X}}{\tilde{S}^2}, \quad \hat{\alpha} = \frac{\bar{X}^2}{\tilde{S}^2} \]

例2(一様分布):\(U(0, \theta)\) では \(E[X] = \theta/2\) なので、\(\hat{\theta} = 2\bar{X}\)。

モーメント法は簡単ですが、例2のように「データの最大値より小さい推定値」が出てしまうなど、不自然な結果になることもあります。

14.4 最尤法

尤度とは

コインを10回投げたら、表が7回出ました。表の出る確率 \(p\) はいくらと推定するのが自然でしょうか。

\(p\) の値を仮に決めると、「10回中7回表」というデータが得られる確率が計算できます。

\[ L(p) = \binom{10}{7}p^7(1 - p)^3 \]
  • \(p = 0.3\) なら \(L = 0.009\)
  • \(p = 0.5\) なら \(L = 0.117\)
  • \(p = 0.7\) なら \(L = 0.267\)

\(p = 0.7\) のとき、実際に観測されたデータが最も起こりやすくなります。そこで「観測されたデータを最も起こりやすくする母数の値」を推定値に採用しよう、というのが 最尤法(さいゆうほう)の考え方です。統計学者フィッシャーが1920年代に確立しました。

定義 14.6(尤度と最尤推定量)

母集団の確率関数(または密度関数)を \(f(x; \theta)\) とする。データ \(x_1, \dots, x_n\) を固定して \(\theta\) の関数とみた

\[ L(\theta) = \prod_{i=1}^{n} f(x_i; \theta) \]

を 尤度関数(likelihood function)といい、その対数 \(\ell(\theta) = \log L(\theta) = \sum_{i=1}^{n}\log f(x_i; \theta)\) を 対数尤度 という。 \(L(\theta)\) を最大にする \(\theta\) を 最尤推定量(maximum likelihood estimator, MLE)という。

尤度は確率ではない

\(L(\theta)\) は「データの確率(密度)」を \(\theta\) の関数として見たものです。\(\theta\) について積分しても1にはならず、「\(\theta\) の確率分布」ではありません。 「尤度」の「尤」は「もっともらしい」という意味で、「どの \(\theta\) がデータをもっともらしく説明するか」の度合いを表します。

積の最大化は面倒なので、ふつうは対数をとって和にした対数尤度 \(\ell(\theta)\) を最大化します(\(\log\) は増加関数なので最大点は変わりません)。 多くの場合、尤度方程式 \(\ell'(\theta) = 0\) を解けば最尤推定量が得られます。

コイン投げの尤度関数
図14.4 表の割合がどれも 0.7 のデータについての尤度(左)と対数尤度(右)。最大点はどれも $p = 0.7$ だが、データが多いほど山が鋭くなり、$p$ の値が狭い範囲に絞り込まれる。

やってみよう:尤度関数を動かす

投げた回数と表の回数を変えると、尤度関数がどう変わるか観察しましょう。回数を増やすと山が鋭くなることに注目してください。

最尤推定量の例

例1(ベルヌーイ分布):\(f(x; p) = p^x(1 - p)^{1-x}\) なので

\[ \ell(p) = \sum_{i=1}^n\{x_i\log p + (1 - x_i)\log(1 - p)\}, \qquad \ell'(p) = \frac{\sum x_i}{p} - \frac{n - \sum x_i}{1 - p} = 0 \]

を解いて \(\hat{p} = \frac{1}{n}\sum x_i = \bar{x}\)。標本の成功割合です。

例2(ポアソン分布):\(\ell(\lambda) = \sum\{x_i\log\lambda - \lambda - \log x_i!\}\)、\(\ell'(\lambda) = \frac{\sum x_i}{\lambda} - n = 0\) より \(\hat{\lambda} = \bar{x}\)。

例3(正規分布):母数は \(\mu\) と \(\sigma^2\) の2つです。

\[ \ell(\mu, \sigma^2) = -\frac{n}{2}\log(2\pi\sigma^2) - \frac{1}{2\sigma^2}\sum_{i=1}^n(x_i - \mu)^2 \]

それぞれで偏微分して0とおくと

\[ \frac{\partial\ell}{\partial\mu} = \frac{1}{\sigma^2}\sum(x_i - \mu) = 0, \qquad \frac{\partial\ell}{\partial\sigma^2} = -\frac{n}{2\sigma^2} + \frac{1}{2\sigma^4}\sum(x_i - \mu)^2 = 0 \]

より \(\hat{\mu} = \bar{x}\)、\(\hat{\sigma}^2 = \frac{1}{n}\sum(x_i - \bar{x})^2\)。分散の最尤推定量は \(n\) で割ったもので、不偏ではありません(最尤推定量が不偏とは限らない例です)。

例4(指数分布):\(\ell(\lambda) = n\log\lambda - \lambda\sum x_i\)、\(\ell'(\lambda) = \frac{n}{\lambda} - \sum x_i = 0\) より \(\hat{\lambda} = 1/\bar{x}\)。

例5(一様分布 \(U(0, \theta)\)):微分では求まらない例です。各データの密度は \(1/\theta\)(ただし \(0 \le x_i \le \theta\) のとき)なので

\[ L(\theta) = \begin{cases} \theta^{-n} & (\theta \ge \max_i x_i) \\ 0 & (\theta < \max_i x_i) \end{cases} \]

\(\theta^{-n}\) は \(\theta\) の減少関数なので、\(L\) を最大にするのは、許される範囲で最小の \(\theta\)、つまり \(\hat{\theta} = \max_i x_i\) です。

一様分布の尤度関数
図14.5 $U(0, \theta)$ の尤度。$\theta$ がデータの最大値より小さいと、そのデータは起こりえないので尤度は0。最大値のところで尤度は最大になる。

\(\max X_i\) は \(\theta\) を超えることがない(ふつうは \(\theta\) より小さい)ので偏りがあり、\(E[\max X_i] = \frac{n}{n + 1}\theta\) です(第10章の順序統計量の分布から計算できます)。 偏りを補正した \(\frac{n + 1}{n}\max X_i\) は不偏推定量で、その分散 \(\frac{\theta^2}{n(n + 2)}\) は、モーメント推定量 \(2\bar{X}\) の分散 \(\frac{\theta^2}{3n}\) よりはるかに小さくなります。

一様分布の上限の2つの推定量
図14.6 どちらも不偏推定量だが、最大値にもとづく推定量の方がずっと精度が高い。モーメント推定量 $2\bar{X}$ はデータの「端」の情報をうまく使えていない。

最尤推定量の不変性

最尤推定量には、次の便利な性質があります。

定理 14.3(最尤推定量の不変性)

\(\hat{\theta}\) が \(\theta\) の最尤推定量ならば、関数 \(g(\theta)\) の最尤推定量は \(g(\hat{\theta})\) である。

たとえば正規分布の標準偏差 \(\sigma\) の最尤推定量は \(\sqrt{\hat{\sigma}^2}\)、指数分布で「待ち時間が1を超える確率」\(e^{-\lambda}\) の最尤推定量は \(e^{-1/\bar{x}}\) です。 (不偏性にはこの性質がありません。\(S^2\) は \(\sigma^2\) の不偏推定量でも、\(S\) は \(\sigma\) の不偏推定量ではありませんでした。)

14.5 フィッシャー情報量とクラメール・ラオの不等式

スコアとフィッシャー情報量

図14.4で、データが多いほど対数尤度の山が鋭くなり、母数がよく絞り込まれることを見ました。山の「鋭さ」= 対数尤度の曲率 が、データに含まれる母数の情報の量を表していると考えられます。これを定式化したのがフィッシャー情報量です。

定義 14.7(スコア関数とフィッシャー情報量)

1個の観測 \(X\) について、対数尤度の微分

\[ U(\theta) = \frac{\partial}{\partial\theta}\log f(X; \theta) \]

を スコア関数 という。スコア関数の分散

\[ I(\theta) = E\big[U(\theta)^2\big] \]

を フィッシャー情報量 という。

定理 14.4(スコアとフィッシャー情報量の性質)

適当な正則条件(\(X\) のとりうる値の範囲が \(\theta\) によらない、微分と積分が交換できる、など)のもとで

  1. \(E[U(\theta)] = 0\)
  2. \(I(\theta) = -E\left[\dfrac{\partial^2}{\partial\theta^2}\log f(X; \theta)\right]\)
  3. \(n\) 個の i.i.d. 観測に含まれるフィッシャー情報量は \(I_n(\theta) = nI(\theta)\)
証明

1. \(\frac{\partial}{\partial\theta}\log f = \frac{\partial f/\partial\theta}{f}\) なので

\[ E[U] = \int\frac{\partial f/\partial\theta}{f}\,f\,dx = \int\frac{\partial f}{\partial\theta}\,dx = \frac{d}{d\theta}\int f\,dx = \frac{d}{d\theta}1 = 0 \]

2. 1の式 \(\int\left(\frac{\partial}{\partial\theta}\log f\right)f\,dx = 0\) をもう一度 \(\theta\) で微分すると、積の微分により

\[ \int\left(\frac{\partial^2}{\partial\theta^2}\log f\right)f\,dx + \int\left(\frac{\partial}{\partial\theta}\log f\right)\frac{\partial f}{\partial\theta}\,dx = 0 \]

第2項は \(\int\left(\frac{\partial}{\partial\theta}\log f\right)^2 f\,dx = E[U^2]\) に等しいので、\(E[U^2] = -E\left[\frac{\partial^2}{\partial\theta^2}\log f\right]\)。

3. \(n\) 個の観測の対数尤度は \(\sum\log f(X_i; \theta)\) なので、スコアは \(\sum U_i\) です。\(U_i\) は独立で平均0なので、分散は足し算になり \(nI(\theta)\)。

2の形は「対数尤度の2階微分(曲率)の期待値にマイナスをつけたもの」で、図14.4の「山の鋭さ」を表しています。3は「独立な観測を \(n\) 個集めれば情報量は \(n\) 倍」という自然な性質です。

例:

分布 \(\log f(x; \theta)\) \(-\frac{\partial^2}{\partial\theta^2}\log f\) \(I(\theta)\)
ベルヌーイ \(\mathrm{Bern}(p)\) \(x\log p + (1-x)\log(1-p)\) \(\frac{x}{p^2} + \frac{1-x}{(1-p)^2}\) \(\frac{1}{p(1-p)}\)
ポアソン \(Po(\lambda)\) \(x\log\lambda - \lambda - \log x!\) \(\frac{x}{\lambda^2}\) \(\frac{1}{\lambda}\)
正規 \(N(\mu, \sigma^2)\)(\(\sigma\) 既知) \(-\frac{(x-\mu)^2}{2\sigma^2} + \text{定数}\) \(\frac{1}{\sigma^2}\) \(\frac{1}{\sigma^2}\)
指数 \(Ex(\lambda)\) \(\log\lambda - \lambda x\) \(\frac{1}{\lambda^2}\) \(\frac{1}{\lambda^2}\)

クラメール・ラオの不等式

定理 14.5(クラメール・ラオの不等式)

正則条件のもとで、\(\theta\) の任意の不偏推定量 \(\hat{\theta}\) について

\[ V[\hat{\theta}] \ge \frac{1}{nI(\theta)} \]

右辺を クラメール・ラオの下限 という。

証明

\(\boldsymbol{x} = (x_1, \dots, x_n)\) の同時密度を \(f_n(\boldsymbol{x}; \theta) = \prod f(x_i; \theta)\)、全体のスコアを \(U_n = \frac{\partial}{\partial\theta}\log f_n = \sum U_i\) とします。

\(\hat{\theta} = T(\boldsymbol{X})\) は不偏なので、すべての \(\theta\) で \(\int T(\boldsymbol{x})f_n(\boldsymbol{x}; \theta)\,d\boldsymbol{x} = \theta\)。両辺を \(\theta\) で微分すると

\[ \int T(\boldsymbol{x})\frac{\partial f_n}{\partial\theta}\,d\boldsymbol{x} = 1 \quad\Longleftrightarrow\quad E[T \cdot U_n] = 1 \]

\(E[U_n] = 0\) なので \(\mathrm{Cov}(T, U_n) = E[TU_n] - E[T]E[U_n] = 1\) です。相関係数が1以下であること(第9章 定理9.2の4、コーシー・シュワルツの不等式)より

\[ 1 = \mathrm{Cov}(T, U_n)^2 \le V[T]\,V[U_n] = V[T]\cdot nI(\theta) \]

両辺を \(nI(\theta)\) で割れば得られます。

クラメール・ラオの不等式は「どんなに工夫しても、不偏推定量の分散は \(1/(nI(\theta))\) より小さくできない」という、推定精度の根本的な限界を表しています。 情報量 \(nI(\theta)\) が大きいほど、限界は小さく(精度は高く)なります。

定義 14.8(有効推定量)

分散がクラメール・ラオの下限に一致する不偏推定量を 有効推定量 という。

例:

  • ベルヌーイ分布:下限は \(\frac{p(1-p)}{n}\)。\(V[\bar{X}] = \frac{p(1-p)}{n}\) なので、\(\bar{X}\) は \(p\) の有効推定量です。
  • 正規分布(\(\sigma\) 既知):下限は \(\frac{\sigma^2}{n} = V[\bar{X}]\)。\(\bar{X}\) は \(\mu\) の有効推定量で、中央値などどんな不偏推定量も \(\bar{X}\) より精度は高くなりえません。
  • ポアソン分布:下限は \(\frac{\lambda}{n} = V[\bar{X}]\)。\(\bar{X}\) は \(\lambda\) の有効推定量です。

正則条件が成り立たない場合

\(U(0, \theta)\) は、\(X\) のとりうる範囲 \([0, \theta]\) が \(\theta\) に依存するので正則条件を満たしません。 そのため不偏推定量 \(\frac{n+1}{n}\max X_i\) の分散 \(\frac{\theta^2}{n(n+2)}\) は \(1/n^2\) の速さで小さくなり、通常の \(1/n\) の限界を破ります。

14.6 最尤推定量の漸近的性質

最尤推定量は不偏とは限らず、有限の \(n\) で最適とも限りません。しかし \(n\) が大きいときには、次のような非常に優れた性質をもちます。これが最尤法が広く使われる最大の理由です。

定理 14.6(最尤推定量の漸近的性質)

正則条件のもとで、最尤推定量 \(\hat{\theta}_n\) は

  1. 一致性:\(\hat{\theta}_n \xrightarrow{P} \theta\)
  2. 漸近正規性:\(\sqrt{n}(\hat{\theta}_n - \theta) \xrightarrow{d} N\left(0,\ \dfrac{1}{I(\theta)}\right)\)

すなわち、\(n\) が大きいとき \(\hat{\theta}_n \approx N\left(\theta,\ \dfrac{1}{nI(\theta)}\right)\)。漸近分散がクラメール・ラオの下限に一致するので、最尤推定量は 漸近有効 である。

漸近正規性の証明の考え方

最尤推定量は \(\ell_n'(\hat{\theta}_n) = 0\) を満たします。\(\hat{\theta}_n\) は \(\theta\) に近いので(一致性)、\(\ell_n'\) を \(\theta\) のまわりで1次近似すると

\[ 0 = \ell_n'(\hat{\theta}_n) \approx \ell_n'(\theta) + (\hat{\theta}_n - \theta)\,\ell_n''(\theta) \]

よって

\[ \sqrt{n}(\hat{\theta}_n - \theta) \approx \frac{\frac{1}{\sqrt{n}}\ell_n'(\theta)}{-\frac{1}{n}\ell_n''(\theta)} \]
  • 分子:\(\ell_n'(\theta) = \sum U_i\) は平均0、分散 \(I(\theta)\) の i.i.d. の和なので、中心極限定理より \(\frac{1}{\sqrt{n}}\sum U_i \xrightarrow{d} N(0, I(\theta))\)。
  • 分母:\(-\frac{1}{n}\ell_n''(\theta) = \frac{1}{n}\sum\left(-\frac{\partial^2}{\partial\theta^2}\log f(X_i; \theta)\right)\) は、大数の法則より \(I(\theta)\) に確率収束。

したがって \(\sqrt{n}(\hat{\theta}_n - \theta) \approx N(0, I(\theta))/I(\theta) = N(0, 1/I(\theta))\) です。

最尤推定量の漸近正規性
図14.7 指数分布の率の最尤推定量 $1/\bar{X}$。$n$ が小さいと右に歪み、やや偏りもあるが、$n$ が大きくなると理論どおりの正規分布 $N(\lambda, 1/(nI(\lambda))) = N(\lambda, \lambda^2/n)$ に近づく。

漸近正規性から、最尤推定量の 標準誤差 は \(\frac{1}{\sqrt{nI(\hat{\theta})}}\) で見積もることができます。 これを使うと、ほとんどどんなモデルでも「推定値 ± 1.96 × 標準誤差」という近似的な信頼区間が作れます(第15章)。第12章のデルタ法で求めた指数分布の結果(\(\lambda^2/n\))とも一致していることを確認しましょう。

14.7 十分統計量

コインを \(n\) 回投げたデータ \((x_1, \dots, x_n)\) から \(p\) を推定するとき、「何回目に表が出たか」という順番の情報は役に立ちそうにありません。表の回数 \(\sum x_i\) さえわかれば十分に思えます。この直感を定式化したのが十分統計量です。

定義 14.9(十分統計量)

統計量 \(T(\boldsymbol{X})\) を与えたときの標本 \(\boldsymbol{X}\) の条件付き分布が \(\theta\) に依存しないとき、\(T\) を \(\theta\) の 十分統計量 という。

\(T\) の値がわかれば、標本の残りの情報(\(T\) が同じ値になる中での並び方など)は \(\theta\) について何も教えてくれない、という意味です。判定には次の定理が便利です。

定理 14.7(因子分解定理)

\(T\) が \(\theta\) の十分統計量であるための必要十分条件は、同時確率関数(密度関数)が

\[ f_n(\boldsymbol{x}; \theta) = g\big(T(\boldsymbol{x});\ \theta\big)\,h(\boldsymbol{x}) \]

の形に分解できることである(\(h\) は \(\theta\) を含まない)。

例:

  • ベルヌーイ分布:\(f_n = p^{\sum x_i}(1 - p)^{n - \sum x_i}\) なので \(T = \sum X_i\) が十分統計量。
  • ポアソン分布:\(f_n = \lambda^{\sum x_i}e^{-n\lambda}\cdot\frac{1}{\prod x_i!}\) なので \(T = \sum X_i\)。
  • 正規分布:指数部分 \(\sum(x_i - \mu)^2 = \sum x_i^2 - 2\mu\sum x_i + n\mu^2\) より、\((\sum X_i, \sum X_i^2)\)(あるいは同じことだが \((\bar{X}, S^2)\))が \((\mu, \sigma^2)\) の十分統計量。

最尤推定量は尤度を通じてしかデータを使わないので、(一意に定まるなら)必ず十分統計量の関数になります。 また、任意の不偏推定量を十分統計量で条件付けて「平均し直す」と、分散を増やさずに改良できる(ラオ・ブラックウェルの定理)ことも知られています。

まとめ

  • 推定量の良さは MSE = 分散 + 偏り² で評価する。不偏推定量が MSE 最小とは限らない。
  • 一致性 は最低限の要請。MSE → 0 なら一致推定量。
  • モーメント法:標本モーメント = 母集団モーメント とおいて解く。簡単だが効率が悪いこともある。
  • 最尤法:データを最も起こりやすくする母数を選ぶ。尤度方程式 \(\ell'(\theta) = 0\) を解く。不変性をもつ。
  • フィッシャー情報量 \(I(\theta) = -E[\partial^2\log f/\partial\theta^2]\) は対数尤度の曲率。
  • クラメール・ラオの不等式:不偏推定量の分散 \(\ge 1/(nI(\theta))\)。
  • 最尤推定量は一致性・漸近正規性 \(N(\theta, 1/(nI(\theta)))\)・漸近有効性をもつ。

練習問題

問題 14.1(推定量の比較)

\(X_1, \dots, X_{10}\) を母平均 \(\mu\)、母分散 \(\sigma^2\) の母集団からの無作為標本とします。 \(\hat{\mu}_1 = \frac{X_1 + X_2}{2}\) と \(\hat{\mu}_2 = \bar{X}\) はどちらも \(\mu\) の不偏推定量であることを示し、どちらが良いか答えてください。

解答

\(E[\hat{\mu}_1] = \frac{\mu + \mu}{2} = \mu\)、\(E[\hat{\mu}_2] = \mu\) でどちらも不偏です。 分散は \(V[\hat{\mu}_1] = \frac{\sigma^2 + \sigma^2}{4} = \frac{\sigma^2}{2}\)、\(V[\hat{\mu}_2] = \frac{\sigma^2}{10}\) なので、\(\hat{\mu}_2\) の方が分散が小さく良い推定量です(相対効率は5)。

問題 14.2(ポアソン分布の最尤推定とクラメール・ラオの下限)

\(X_1, \dots, X_n\) が i.i.d. で \(Po(\lambda)\) に従うとき、

(1) \(\lambda\) の最尤推定量を求めてください。 (2) フィッシャー情報量 \(I(\lambda)\) を求めてください。 (3) (1) の推定量が有効推定量であることを示してください。

解答

(1) 本文の例2より \(\hat{\lambda} = \bar{X}\)。

(2) \(\frac{\partial^2}{\partial\lambda^2}\log f(x; \lambda) = -\frac{x}{\lambda^2}\) なので \(I(\lambda) = E\left[\frac{X}{\lambda^2}\right] = \frac{\lambda}{\lambda^2} = \frac{1}{\lambda}\)。

(3) \(E[\bar{X}] = \lambda\)(不偏)、\(V[\bar{X}] = \frac{\lambda}{n} = \frac{1}{nI(\lambda)}\) で、クラメール・ラオの下限に一致するので有効推定量です。

問題 14.3(幾何分布の最尤推定)

初めて成功するまでの失敗回数 \(X_1, \dots, X_n\) が i.i.d. で幾何分布 \(Ge(p)\)(\(P(X = x) = p(1 - p)^x\))に従うとき、\(p\) の最尤推定量を求めてください。

解答

\(\ell(p) = n\log p + \left(\sum x_i\right)\log(1 - p)\)。

\[ \ell'(p) = \frac{n}{p} - \frac{\sum x_i}{1 - p} = 0 \quad\Longrightarrow\quad \hat{p} = \frac{n}{n + \sum x_i} = \frac{1}{1 + \bar{x}} \]

「1回の成功あたりの試行回数の平均」\(1 + \bar{x}\) の逆数で、自然な結果です。

問題 14.4(モーメント法)

ガンマ分布 \(Ga(\alpha, \lambda)\) からの標本で、\(\bar{x} = 6\)、\(n\) で割った標本分散 \(\tilde{s}^2 = 12\) でした。\(\alpha\) と \(\lambda\) のモーメント推定値を求めてください。

解答

\(\hat{\lambda} = \bar{x}/\tilde{s}^2 = 6/12 = 0.5\)、\(\hat{\alpha} = \bar{x}^2/\tilde{s}^2 = 36/12 = 3\)。

問題 14.5(一様分布の最大値の期待値)

\(X_1, \dots, X_n\) が i.i.d. で \(U(0, \theta)\) に従うとき、\(M = \max X_i\) について \(E[M] = \frac{n}{n + 1}\theta\) を示してください。

解答

第10章の定理10.8より \(P(M \le x) = (x/\theta)^n\)(\(0 \le x \le \theta\))なので、密度は \(f_M(x) = \frac{n x^{n-1}}{\theta^n}\)。

\[ E[M] = \int_0^\theta x\cdot\frac{nx^{n-1}}{\theta^n}\,dx = \frac{n}{\theta^n}\cdot\frac{\theta^{n+1}}{n + 1} = \frac{n}{n + 1}\theta \]

したがって \(\frac{n + 1}{n}M\) は \(\theta\) の不偏推定量です。

問題 14.6(最尤推定量の漸近分布)

ベルヌーイ分布の最尤推定量 \(\hat{p} = \bar{X}\) の漸近分布を、定理14.6を使って書いてください。また、\(n = 400\)、\(\hat{p} = 0.3\) のとき、\(\hat{p}\) の標準誤差を見積もってください。

解答

\(I(p) = \frac{1}{p(1-p)}\) なので \(\hat{p} \approx N\left(p,\ \frac{p(1-p)}{n}\right)\)(これは中心極限定理から直接得られる結果とも一致します)。 標準誤差は \(\sqrt{\frac{0.3 \times 0.7}{400}} = \sqrt{0.000525} \approx 0.023\) です。