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付録A 数学の準備

この付録では、本教材で使う数学をまとめます。すべてを最初に読む必要はありません。本文で出てきて「あれ?」と思ったときに戻ってきてください。 高校数学(数学II・B 程度)の微分積分を知っていれば、ほぼ十分です。

A.1 和の記号 Σ

\(\sum\)(シグマ)は、たくさんの数の和を短く書くための記号です。

\[ \sum_{i=1}^{n} x_i = x_1 + x_2 + \cdots + x_n \]

「\(i\) を 1 から \(n\) まで1ずつ増やしながら、\(x_i\) を全部足す」と読みます。\(i\) は 添字 と呼ばれ、文字は何を使ってもかまいません(\(\sum_{k=1}^n x_k\) も同じ意味です)。

基本的な性質

\(a, c\) を \(i\) によらない定数とすると

  1. \(\displaystyle\sum_{i=1}^{n} c = nc\)(同じ数 \(c\) を \(n\) 回足す)
  2. \(\displaystyle\sum_{i=1}^{n} a x_i = a\sum_{i=1}^{n} x_i\)(定数は外に出せる)
  3. \(\displaystyle\sum_{i=1}^{n}(x_i + y_i) = \sum_{i=1}^{n} x_i + \sum_{i=1}^{n} y_i\)(和は分けられる)

積の和は和の積ではない

\(\sum x_i y_i \ne \left(\sum x_i\right)\left(\sum y_i\right)\)、\(\sum x_i^2 \ne \left(\sum x_i\right)^2\) です。

例:平均を \(\bar{x} = \frac{1}{n}\sum x_i\) とすると、性質1〜3から

\[ \sum_{i=1}^{n}(x_i - \bar{x}) = \sum_{i=1}^{n} x_i - n\bar{x} = 0 \]

よく使う和の公式

\[ \sum_{k=1}^{n} k = \frac{n(n+1)}{2}, \qquad \sum_{k=1}^{n} k^2 = \frac{n(n+1)(2n+1)}{6} \]

等比級数:有限和は \(r \ne 1\) のとき、無限和は \(|r| < 1\) のとき

\[ \sum_{k=0}^{n-1} r^k = \frac{1 - r^n}{1 - r}, \qquad \sum_{k=0}^{\infty} r^k = \frac{1}{1 - r} \]

二重和と積の記号

\(\sum_{i}\sum_{j} a_{ij}\) は「\(i\) と \(j\) のすべての組み合わせについて足す」ことを表します(表のすべてのセルの合計)。 また、\(\prod\)(パイ)は積を表します:\(\prod_{i=1}^n x_i = x_1 \times x_2 \times \cdots \times x_n\)。尤度関数(第14章)で使います。

A.2 順列・組合せ・二項定理

  • 階乗:\(n! = n \times (n-1) \times \cdots \times 2 \times 1\)。ただし \(0! = 1\) と約束する。
  • 順列:\(n\) 個から \(r\) 個を選んで 並べる 方法の数

    \[ {}_n\mathrm{P}_r = n(n-1)\cdots(n-r+1) = \frac{n!}{(n-r)!} \]
  • 組合せ:\(n\) 個から \(r\) 個を 選ぶ(順番は区別しない)方法の数

    \[ \binom{n}{r} = {}_n\mathrm{C}_r = \frac{n!}{r!\,(n-r)!} \]

    順列 \({}_n\mathrm{P}_r\) の中で、選んだ \(r\) 個の並べ方 \(r!\) 通りを同一視したものです。

性質:\(\binom{n}{r} = \binom{n}{n-r}\)、\(\binom{n}{r} = \binom{n-1}{r-1} + \binom{n-1}{r}\)(パスカルの三角形)。

二項定理:

\[ (a + b)^n = \sum_{k=0}^{n}\binom{n}{k}a^k b^{n-k} \]

\((a + b)\) を \(n\) 個掛けるとき、\(n\) 個の括弧のうちどの \(k\) 個から \(a\) を選ぶかが \(\binom{n}{k}\) 通りあるからです。第7章の二項分布の名前の由来です。

A.3 指数関数と対数関数

ネイピア数 \(e\)

\[ e = \lim_{n\to\infty}\left(1 + \frac{1}{n}\right)^n = 2.71828\ldots \]

より一般に \(\displaystyle\lim_{n\to\infty}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n = e^x\) が成り立ちます。この極限は、ポアソン分布の導出(第7章)や中心極限定理の証明(第12章)で使います。 \(e^x\) を \(\exp(x)\) と書くこともあります(指数部分が長い式のとき見やすいため)。

指数法則と対数

\[ e^{a}e^{b} = e^{a+b}, \qquad (e^a)^b = e^{ab}, \qquad e^0 = 1 \]

本教材の \(\log\) は、特に断らない限り 自然対数(底が \(e\)、\(\ln\) とも書く)です。\(y = \log x \iff x = e^y\)。

\[ \log(ab) = \log a + \log b, \qquad \log\frac{a}{b} = \log a - \log b, \qquad \log a^r = r\log a \]

対数をとると 積が和に変わる ので、尤度(多数の確率の積)は対数をとって扱います(第14章)。また \(\log\) は増加関数なので、\(L(\theta)\) と \(\log L(\theta)\) は同じ \(\theta\) で最大になります。

A.4 微分

微分の意味と基本公式

関数 \(f(x)\) の 微分(導関数)

\[ f'(x) = \frac{df}{dx} = \lim_{h \to 0}\frac{f(x + h) - f(x)}{h} \]

は、グラフの各点での接線の傾き(瞬間的な変化率)を表します。

\(f(x)\) \(f'(x)\)
\(x^n\) \(nx^{n-1}\)
\(e^x\) \(e^x\)
\(e^{ax}\) \(ae^{ax}\)
\(\log x\) \(1/x\)

微分の規則

  • 和:\((f + g)' = f' + g'\)、定数倍:\((cf)' = cf'\)
  • 積の微分:\((fg)' = f'g + fg'\)
  • 合成関数の微分(連鎖律):\(\{f(g(x))\}' = f'(g(x))\,g'(x)\)

    例:\(\frac{d}{dx}e^{-x^2/2} = e^{-x^2/2}\cdot(-x) = -xe^{-x^2/2}\)(正規分布の密度の微分で使う)

最大・最小

なめらかな関数が最大・最小になる点では、\(f'(x) = 0\) です(接線が水平)。 さらに \(f''(x) < 0\) なら極大、\(f''(x) > 0\) なら極小です。最尤推定(第14章)で「尤度方程式 \(\ell'(\theta) = 0\) を解く」のはこの原理です。

偏微分

複数の変数をもつ関数 \(f(x, y)\) を、\(y\) を定数とみなして \(x\) について微分したものを 偏微分 \(\frac{\partial f}{\partial x}\) といいます。 多変数関数の最大・最小では、すべての変数についての偏微分が0になります。最小二乗法(第18章)や、正規分布の2つの母数の最尤推定(第14章)で使います。

A.5 積分

定積分と面積

\(f(x) \ge 0\) のとき、定積分 \(\int_a^b f(x)\,dx\) は、\(x = a\) から \(x = b\) までの、グラフと \(x\) 軸の間の 面積 を表します。 連続型確率変数では「密度関数の面積 = 確率」なので、確率の計算は積分になります(第5章)。

微分積分学の基本定理:\(F'(x) = f(x)\) となる \(F\)(原始関数)があれば

\[ \int_a^b f(x)\,dx = \big[F(x)\big]_a^b = F(b) - F(a) \]

また \(\frac{d}{dx}\int_a^x f(t)\,dt = f(x)\)。累積分布関数を微分すると密度関数になる(\(F' = f\))のはこのためです。

\(f(x)\) 原始関数 \(F(x)\)
\(x^n\)(\(n \ne -1\)) \(\frac{x^{n+1}}{n+1}\)
\(1/x\) \(\log\lvert x \rvert\)
\(e^{ax}\) \(\frac{1}{a}e^{ax}\)

置換積分

\(x = g(t)\) と置き換えると、\(dx = g'(t)\,dt\) として

\[ \int f(x)\,dx = \int f(g(t))\,g'(t)\,dt \]

確率変数の変数変換(第10章)の公式に現れる \(\left|\frac{dx}{dy}\right|\) は、この置換積分の \(g'(t)\) にあたります。

部分積分

積の微分の公式を積分すると

\[ \int_a^b f(x)g'(x)\,dx = \big[f(x)g(x)\big]_a^b - \int_a^b f'(x)g(x)\,dx \]

例:\(\displaystyle\int_0^\infty x e^{-x}\,dx = \Big[-xe^{-x}\Big]_0^\infty + \int_0^\infty e^{-x}\,dx = 0 + 1 = 1\)(指数分布の期待値の計算)。

広義積分

積分範囲が無限大を含む場合は、極限として定義します:\(\int_a^\infty f(x)\,dx = \lim_{b\to\infty}\int_a^b f(x)\,dx\)。 \(x \to \infty\) で \(x^n e^{-x} \to 0\)(指数関数は多項式より速く0に近づく)ことをよく使います。

重積分

2変数の関数 \(f(x, y) \ge 0\) の重積分 \(\iint_D f(x, y)\,dx\,dy\) は、領域 \(D\) の上にあるグラフの下の 体積 を表します(第9章の同時密度関数)。 多くの場合、一方の変数について積分してから、もう一方について積分すれば計算できます。

A.6 テイラー展開

なめらかな関数は、ある点のまわりで多項式で近似できます。\(x = 0\) のまわりでは

\[ f(x) = f(0) + f'(0)x + \frac{f''(0)}{2!}x^2 + \frac{f'''(0)}{3!}x^3 + \cdots \]

よく使う展開:

\[ e^x = \sum_{k=0}^{\infty}\frac{x^k}{k!} = 1 + x + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \cdots \]
\[ \log(1 + x) = x - \frac{x^2}{2} + \frac{x^3}{3} - \cdots \qquad (|x| < 1) \]

\(e^x\) の展開は、ポアソン分布の確率の合計が1になること(第7章)や、積率母関数がモーメントを生み出すこと(第6章)の鍵です。 また、\(x\) が小さいときの1次近似 \(f(x) \approx f(a) + f'(a)(x - a)\) は、デルタ法(第12章)や最尤推定量の漸近正規性(第14章)の証明で使います。

A.7 ガウス積分

正規分布の基礎となる積分です。

ガウス積分

\[ \int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2/2}\,dx = \sqrt{2\pi} \]
証明

求める積分を \(I\) とします。\(I^2\) を2つの積分の積として書き、2変数の重積分に直します。

\[ I^2 = \int_{-\infty}^{\infty} e^{-x^2/2}\,dx\int_{-\infty}^{\infty} e^{-y^2/2}\,dy = \iint_{\mathbb{R}^2} e^{-(x^2 + y^2)/2}\,dx\,dy \]

極座標 \(x = r\cos\theta\)、\(y = r\sin\theta\) に変換すると、\(x^2 + y^2 = r^2\)、面積要素は \(dx\,dy = r\,dr\,d\theta\)(ヤコビアンが \(r\))なので

\[ I^2 = \int_0^{2\pi}\int_0^{\infty} e^{-r^2/2}\,r\,dr\,d\theta = 2\pi\Big[-e^{-r^2/2}\Big]_0^\infty = 2\pi \]

\(I > 0\) なので \(I = \sqrt{2\pi}\)。

1変数のままでは原始関数が求まらないのに、2変数にして回転対称性を使うと解ける、という見事な証明です。 この結果から、\(\frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{-x^2/2}\) の面積が1になり、標準正規分布の密度関数として使えることがわかります。

A.8 ガンマ関数とベータ関数

ガンマ関数

\[ \Gamma(\alpha) = \int_0^{\infty} x^{\alpha - 1}e^{-x}\,dx \qquad (\alpha > 0) \]
  1. \(\Gamma(\alpha + 1) = \alpha\,\Gamma(\alpha)\)(部分積分で示せる)
  2. \(\Gamma(1) = 1\) なので、正の整数 \(n\) について \(\Gamma(n) = (n - 1)!\)。ガンマ関数は階乗を実数に拡張したもの。
  3. \(\Gamma(1/2) = \sqrt{\pi}\)(\(x = t^2/2\) と置換してガウス積分に帰着できる)

ベータ関数

\[ B(a, b) = \int_0^1 x^{a-1}(1 - x)^{b-1}\,dx = \frac{\Gamma(a)\Gamma(b)}{\Gamma(a + b)} \]

ガンマ分布・ベータ分布・カイ二乗分布・\(t\) 分布・\(F\) 分布の密度関数の「面積を1にする定数」に現れます。

便利な公式:密度関数の面積が1であることから、次の積分がすぐに求まります。

\[ \int_0^\infty x^{\alpha - 1}e^{-\lambda x}\,dx = \frac{\Gamma(\alpha)}{\lambda^\alpha} \]

A.9 行列の基礎

重回帰分析(第18章)や多変量正規分布(第9章)で使う行列の基本事項です。

  • 行列の積:\(A\) が \(m \times n\)、\(B\) が \(n \times p\) のとき、\(AB\) は \(m \times p\) 行列で、\((AB)_{ij} = \sum_{k=1}^n A_{ik}B_{kj}\)。一般に \(AB \ne BA\)。
  • 転置:\(A^\top\) は行と列を入れ替えた行列。\((AB)^\top = B^\top A^\top\)。
  • 単位行列 \(I\):対角成分が1、それ以外が0の正方行列。\(AI = IA = A\)。
  • 逆行列:正方行列 \(A\) について \(AA^{-1} = A^{-1}A = I\) となる \(A^{-1}\)。存在するのは 行列式 \(\det A \ne 0\) のとき。

    2×2の場合:\(A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\) なら \(\det A = ad - bc\)、\(A^{-1} = \dfrac{1}{ad - bc}\begin{pmatrix} d & -b \\ -c & a \end{pmatrix}\)

  • 2次形式:ベクトル \(\boldsymbol{x}\) と対称行列 \(A\) について \(\boldsymbol{x}^\top A\boldsymbol{x} = \sum_i\sum_j A_{ij}x_i x_j\)(スカラー)。

  • ベクトルの微分:\(\dfrac{\partial}{\partial\boldsymbol{b}}(\boldsymbol{b}^\top\boldsymbol{c}) = \boldsymbol{c}\)、\(\dfrac{\partial}{\partial\boldsymbol{b}}(\boldsymbol{b}^\top A\boldsymbol{b}) = 2A\boldsymbol{b}\)(\(A\) が対称のとき)。
  • 確率ベクトルの1次変換:\(V[A\boldsymbol{X}] = A\,V[\boldsymbol{X}]\,A^\top\)(\(V[\cdot]\) は分散共分散行列)。