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第12章 中心極限定理

この章で学ぶこと

  • どんな分布から出発しても、標本平均の分布は 正規分布に近づく という中心極限定理
  • 分布収束の定義と、積率母関数による 中心極限定理の証明
  • 二項分布の正規近似と 連続修正
  • 正規近似がうまくいくための \(n\) の大きさの目安
  • 関数の分布を近似する デルタ法

大数の法則は「標本平均 \(\bar{X}_n\) が母平均 \(\mu\) に近づく」ことを教えてくれました。しかし、「どのくらいの誤差で近づくのか」「誤差はどんな分布をしているのか」はわかりません。 それに答えるのが 中心極限定理(Central Limit Theorem, CLT)です。統計学で最も重要な定理といっても過言ではありません。

12.1 どんな分布も、足せば正規分布になる

第10章で、一様分布に従う確率変数を3つ足すだけで釣り鐘型に近づくことを見ました(図10.4)。これは一様分布に限った話ではありません。

さまざまな分布の標本平均の分布
図12.1 一様分布(上)、右に大きく歪んだ指数分布(中)、0か1しかとらないベルヌーイ分布(下)から、それぞれ大きさ $n$ の標本をとり、標本平均を標準化した値の分布。どの分布から出発しても、$n$ が大きくなると標準正規分布(橙)に近づく。

元の分布が平らでも、歪んでいても、とびとびの値しかとらなくても、平均をとると正規分布に近づいていきます。驚くべき普遍性です。

やってみよう:中心極限定理シミュレーター

元の分布と標本の大きさ \(n\) を選び、「標本平均を1000回つくる」を押してください。 \(n = 1\) では元の分布そのものですが、\(n\) を大きくするとヒストグラムが正規分布の曲線に重なり、幅も狭くなっていく様子がわかります。

12.2 中心極限定理の主張

\(\bar{X}_n\) の期待値は \(\mu\)、標準偏差は \(\sigma/\sqrt{n}\) でした(第9章)。そこで \(\bar{X}_n\) を標準化した

\[ Z_n = \frac{\bar{X}_n - \mu}{\sigma/\sqrt{n}} = \frac{\sum_{i=1}^n X_i - n\mu}{\sqrt{n}\,\sigma} \]

を考えると、\(E[Z_n] = 0\)、\(V[Z_n] = 1\) です。中心極限定理は、この \(Z_n\) の 分布の形 が標準正規分布に近づくことを述べます。

定義 12.1(分布収束)

確率変数の列 \(Y_1, Y_2, \dots\) の累積分布関数を \(F_n\)、確率変数 \(Y\) の累積分布関数を \(F\) とする。\(F\) が連続なすべての点 \(y\) で

\[ \lim_{n \to \infty} F_n(y) = F(y) \]

が成り立つとき、\(Y_n\) は \(Y\) に 分布収束(法則収束)するといい、\(Y_n \xrightarrow{d} Y\) と書く。

定理 12.1(中心極限定理)

\(X_1, X_2, \dots\) が i.i.d. で、期待値 \(\mu\)、分散 \(\sigma^2\)(\(0 < \sigma^2 < \infty\))をもつとする。このとき

\[ Z_n = \frac{\bar{X}_n - \mu}{\sigma/\sqrt{n}} \xrightarrow{d} N(0, 1) \]

すなわち、すべての \(z\) について \(\displaystyle\lim_{n \to \infty} P(Z_n \le z) = \Phi(z)\) が成り立つ。

実用上は、次のように「近似的に正規分布に従う」と読み替えて使います。\(n\) が十分大きいとき

\[ \bar{X}_n \ \approx\ N\left(\mu,\ \frac{\sigma^2}{n}\right), \qquad \sum_{i=1}^n X_i \ \approx\ N\left(n\mu,\ n\sigma^2\right) \]

大数の法則と中心極限定理の関係

  • 大数の法則:\(\bar{X}_n - \mu \to 0\)(誤差は0に近づく)
  • 中心極限定理:\(\sqrt{n}(\bar{X}_n - \mu)/\sigma \approx N(0, 1)\)(誤差を \(\sqrt{n}\) 倍に拡大して見ると、正規分布の形をしている)

大数の法則が「どこに行き着くか」を、中心極限定理が「どのように近づくか(誤差の大きさと形)」を教えてくれます。 推測統計で「誤差 ± 何%」と言えるのは中心極限定理のおかげです。

12.3 中心極限定理の証明

積率母関数が存在する場合について証明します。鍵となるのは次の事実です(証明は省略します)。

定理 12.2(連続性定理)

\(Y_n\) の積率母関数 \(M_{Y_n}(t)\) が、\(t = 0\) を含むある区間のすべての \(t\) で、\(Y\) の積率母関数 \(M_Y(t)\) に収束するならば、\(Y_n \xrightarrow{d} Y\) である。

つまり、積率母関数が収束すれば分布も収束する ので、\(Z_n\) の積率母関数が \(N(0, 1)\) の積率母関数 \(e^{t^2/2}\) に近づくことを示せばよいのです。

中心極限定理の証明(積率母関数が存在する場合)

\(Y_i = (X_i - \mu)/\sigma\) とおくと、\(Y_i\) は i.i.d. で \(E[Y_i] = 0\)、\(V[Y_i] = E[Y_i^2] = 1\)、そして

\[ Z_n = \frac{1}{\sqrt{n}}\sum_{i=1}^{n} Y_i \]

です。\(Y_i\) の共通の積率母関数を \(M(s)\) とすると、独立な和の積率母関数は積なので(定理10.5)

\[ M_{Z_n}(t) = E\left[\exp\left(\frac{t}{\sqrt{n}}\sum_{i=1}^n Y_i\right)\right] = \left[M\left(\frac{t}{\sqrt{n}}\right)\right]^n \]

\(M(s)\) を \(s = 0\) のまわりでテイラー展開すると、\(M(0) = 1\)、\(M'(0) = E[Y] = 0\)、\(M''(0) = E[Y^2] = 1\) より

\[ M(s) = 1 + 0 \cdot s + \frac{1}{2}s^2 + o(s^2) \]

(\(o(s^2)\) は \(s^2\) より速く 0 に近づく項。)\(s = t/\sqrt{n}\) を代入すると

\[ M_{Z_n}(t) = \left[1 + \frac{t^2}{2n} + o\left(\frac{1}{n}\right)\right]^n \]

ここで \(\lim_{n\to\infty}\left(1 + \frac{a}{n}\right)^n = e^a\) を使うと(\(o(1/n)\) の項は極限に影響しない)

\[ \lim_{n \to \infty} M_{Z_n}(t) = e^{t^2/2} \]

これは \(N(0, 1)\) の積率母関数です。連続性定理より \(Z_n \xrightarrow{d} N(0, 1)\)。

証明の核心

証明で使ったのは、\(Y_i\) の 平均が0、分散が1 ということだけです。3次以上のモーメント(分布の歪みや尖り)は \(o(1/n)\) の項に押し込まれ、極限では消えてしまいます。 だからこそ、元の分布の形に関係なく正規分布が現れるのです。

積率母関数が存在しない場合も、特性関数(第6章)を使えば、分散が有限であるという条件だけで同じ証明が成り立ちます。

12.4 二項分布の正規近似

\(X \sim B(n, p)\) は、独立なベルヌーイ変数 \(n\) 個の和でした。中心極限定理を当てはめると、\(n\) が大きいとき

\[ X \approx N\big(np,\ np(1 - p)\big) \]

となります(ド・モアブル=ラプラスの定理)。歴史的には、これが最初に発見された中心極限定理でした(1733年、ド・モアブル)。

二項分布の正規近似と連続修正
図12.2 左:$B(100, 0.5)$ と $N(50, 5^2)$ はほぼ重なる。右:二項分布の棒 $x = 60$ は、正規分布では区間 $[59.5, 60.5]$ に対応するので、「60以上」の確率は 59.5 から積分すると精度がよい(連続修正)。

連続修正

例:コインを100回投げて、表が60回以上出る確率は?

\(X \sim B(100, 0.5)\) を \(N(50, 25)\) で近似します。

  • そのまま近似:\(P(X \ge 60) \approx P\left(Z \ge \frac{60 - 50}{5}\right) = P(Z \ge 2.0) = 0.0228\)
  • 連続修正あり:\(P(X \ge 60) = P(X \ge 59.5) \approx P\left(Z \ge \frac{59.5 - 50}{5}\right) = P(Z \ge 1.9) = 0.0287\)
  • 正確な値(二項分布):\(0.0284\)

離散型の分布を連続型で近似するときは、整数 \(x\) を区間 \([x - 0.5, x + 0.5]\) とみなすと近似がよくなります。これを 連続修正(半整数補正)といいます。

正規近似の目安

二項分布の正規近似は、\(np \ge 5\) かつ \(n(1 - p) \ge 5\) 程度あれば実用的とされます(より厳しく10とする流儀もあります)。 \(p\) が 0 や 1 に近いと分布が歪むので、より大きな \(n\) が必要です。逆に \(n\) が大きく \(p\) が非常に小さいときは、ポアソン近似(第7章)の方が適しています。

同様に、ポアソン分布 \(Po(\lambda)\) も、再生性により多数の独立なポアソン変数の和(たとえば \(n\) 個の \(Po(\lambda/n)\) の和)とみなせるので、\(\lambda\) が大きいとき \(N(\lambda, \lambda)\) で近似できます。

12.5 正規近似はどのくらいの \(n\) で使えるか

「\(n \ge 30\) なら正規近似してよい」という目安をよく見かけますが、これは絶対的なルールではありません。必要な \(n\) は 元の分布の形 によります。

  • 元の分布が左右対称(一様分布など)なら、\(n = 5\) 程度でもかなりよく近似できる。
  • 元の分布が大きく歪んでいる(指数分布、まれな事象のベルヌーイ分布など)と、\(n = 30\) でもまだ歪みが残る(図12.1の中段・下段)。
  • 裾が非常に重い分布では、さらに大きな \(n\) が必要。分散が無限大の分布(コーシー分布など)では、そもそも中心極限定理は成り立たない。

実際、正規近似の誤差は \(\dfrac{E[|X - \mu|^3]}{\sigma^3\sqrt{n}}\) に比例する量で抑えられることが知られています(ベリー=エッシーンの定理)。分布の歪みや裾の重さが大きいほど、正規近似には大きな \(n\) が必要になるわけです。

12.6 なぜ世の中には正規分布が多いのか

ゴルトンボード
図12.3 ゴルトンボード。上から落とした球は、釘に当たるたびに左右にランダムに振り分けられる。最終的な位置は多数の独立な小さなずれの和なので、正規分布に近い形に積み上がる。

測定誤差、身長、製品の寸法のばらつき……。現実の多くの量が正規分布に近いのは、それらが 多数の独立な小さな要因の和 として決まるからだ、と中心極限定理によって説明できます。 19世紀の統計学者ゴルトンは、この現象を目で見せるために上のような装置を作りました。

逆に、要因が 掛け算 で効く量(所得、資産など)は、対数をとると和になるので対数正規分布に近くなります(第8章)。 また、少数の大きな要因が支配する量や、要因どうしが強く依存し合う量は、正規分布から大きく外れることがあります。

12.7 デルタ法

中心極限定理で \(\bar{X}_n\) の分布がわかったとき、その関数 \(g(\bar{X}_n)\) の分布はどうなるでしょうか。 たとえば指数分布 \(Ex(\lambda)\) の平均は \(1/\lambda\) なので、率 \(\lambda\) を推定するには \(1/\bar{X}_n\) を使いたくなります。その誤差はどのくらいでしょうか。

定理 12.3(デルタ法)

\(\sqrt{n}(\bar{X}_n - \mu) \xrightarrow{d} N(0, \sigma^2)\) で、\(g\) が \(\mu\) で微分可能かつ \(g'(\mu) \ne 0\) ならば

\[ \sqrt{n}\big(g(\bar{X}_n) - g(\mu)\big) \xrightarrow{d} N\big(0,\ g'(\mu)^2\sigma^2\big) \]

すなわち \(g(\bar{X}_n) \approx N\left(g(\mu),\ \dfrac{g'(\mu)^2\sigma^2}{n}\right)\)。

証明の考え方

\(\bar{X}_n\) は \(\mu\) の近くに集中しているので(大数の法則)、\(g\) を \(\mu\) のまわりで1次近似できます。

\[ g(\bar{X}_n) \approx g(\mu) + g'(\mu)(\bar{X}_n - \mu) \]

右辺は \(\bar{X}_n\) の1次式なので、近似的に正規分布に従い、その分散は \(g'(\mu)^2 \cdot \sigma^2/n\) です。 (厳密には、1次近似の誤差が \(\sqrt{n}\) 倍しても0に収束することを示す必要があります。)

デルタ法の考え方
図12.4 $\bar{X}$ が $\mu$ の近くの狭い範囲に集中していれば、その範囲で曲線 $g$ はほぼ直線(接線)とみなせる。直線による変換なので正規分布は正規分布のまま、幅は傾き $|g'(\mu)|$ 倍になる。

例:\(X_i \sim Ex(\lambda)\) のとき \(\mu = 1/\lambda\)、\(\sigma^2 = 1/\lambda^2\)。\(g(x) = 1/x\) とすると \(g'(\mu) = -1/\mu^2 = -\lambda^2\) なので

\[ \frac{1}{\bar{X}_n} \approx N\left(\lambda,\ \frac{\lambda^4 \cdot (1/\lambda^2)}{n}\right) = N\left(\lambda,\ \frac{\lambda^2}{n}\right) \]

\(\lambda\) の推定値 \(1/\bar{X}_n\) の標準誤差はおよそ \(\lambda/\sqrt{n}\) です。デルタ法は第14章の最尤推定量の性質や、第15章の信頼区間でも活躍します。

まとめ

  • 中心極限定理:i.i.d. で分散が有限なら、元の分布によらず \(\frac{\bar{X}_n - \mu}{\sigma/\sqrt{n}} \xrightarrow{d} N(0, 1)\)。
  • 証明の鍵は積率母関数(特性関数)。平均と分散以外の情報は極限で消える。
  • 二項分布は \(N(np, np(1-p))\) で近似できる。離散分布を近似するときは 連続修正 を使う。
  • 必要な \(n\) は元の分布の歪み具合による。「\(n \ge 30\)」は目安にすぎない。
  • デルタ法:\(g(\bar{X}_n) \approx N(g(\mu),\ g'(\mu)^2\sigma^2/n)\)。

練習問題

問題 12.1(サイコロの和)

サイコロを100回振ったときの目の合計 \(S\) が 380 以上になる確率を、連続修正を用いた正規近似で求めてください。

解答

\(E[S] = 100 \times 3.5 = 350\)、\(V[S] = 100 \times \frac{35}{12} \approx 291.7\)、標準偏差は約 17.08 です。

\[ P(S \ge 380) = P(S \ge 379.5) \approx P\left(Z \ge \frac{379.5 - 350}{17.08}\right) = P(Z \ge 1.73) \approx 0.042 \]

問題 12.2(平均寿命)

ある電子部品の寿命は平均 100 時間の指数分布に従います。独立な50個の部品の平均寿命が 120 時間を超える確率を、中心極限定理を用いて近似してください。

解答

指数分布の標準偏差は平均と等しく 100 時間なので、\(\bar{X} \approx N(100,\ 100^2/50)\)、標準偏差は \(100/\sqrt{50} \approx 14.14\)。

\[ P(\bar{X} > 120) \approx P\left(Z > \frac{20}{14.14}\right) = P(Z > 1.41) \approx 0.079 \]

(指数分布は歪んでいるので、\(n = 50\) でも近似誤差がやや残ります。正確な値は、50個の寿命の合計がガンマ分布 \(Ga(50, 1/100)\) に従うことから計算できます。)

問題 12.3(丸め誤差の蓄積)

100個の数をそれぞれ整数に四捨五入してから合計します。各数の丸め誤差は独立に \(U(-0.5, 0.5)\) に従うとき、合計の誤差の絶対値が 5 を超える確率を近似的に求めてください。

解答

各誤差の平均は 0、分散は \(1/12\) なので、合計の誤差は近似的に \(N(0,\ 100/12)\)、標準偏差は約 2.89 です。

\[ P(|\text{誤差}| > 5) \approx 2P\left(Z > \frac{5}{2.89}\right) = 2P(Z > 1.73) \approx 0.083 \]

個々の誤差は最大でも 0.5 ですが、100個分の合計では誤差が 5 を超えることも約8%の確率で起こります。

問題 12.4(ポアソン分布の正規近似)

1日の問い合わせ件数が \(Po(100)\) に従うとき、問い合わせが 120 件以上になる確率を連続修正つきの正規近似で求めてください。

解答

\(Po(100) \approx N(100, 100)\)、標準偏差 10。

\[ P(X \ge 120) = P(X \ge 119.5) \approx P\left(Z \ge \frac{119.5 - 100}{10}\right) = P(Z \ge 1.95) \approx 0.026 \]

問題 12.5(デルタ法)

\(X_1, \dots, X_n\) が i.i.d. で \(\mathrm{Bern}(p)\) に従い、\(\hat{p} = \bar{X}_n\) とします。\(\hat{p}^2\) の近似的な分布をデルタ法で求めてください(\(0 < p < 1\))。

解答

\(\mu = p\)、\(\sigma^2 = p(1 - p)\)、\(g(x) = x^2\)、\(g'(p) = 2p\) なので

\[ \hat{p}^2 \approx N\left(p^2,\ \frac{4p^2 \cdot p(1 - p)}{n}\right) = N\left(p^2,\ \frac{4p^3(1 - p)}{n}\right) \]