第11章 大数の法則¶
この章で学ぶこと
- 標本平均が母集団の平均に近づくという 大数の法則 の主張と意味
- 確率収束の定義と、チェビシェフの不等式による 大数の弱法則の証明
- 大数の法則が「言っていないこと」(ギャンブラーの誤謬)
- 大数の法則が成り立たない例(コーシー分布)
- 応用:モンテカルロ法、保険
第2部で、確率分布の性質を調べる道具がそろいました。第3部では、データの数 \(n\) を大きくしたときに何が起こるかを調べる 極限定理 を学びます。 極限定理は「なぜ統計学が機能するのか」を保証する理論的な柱です。最初の柱が 大数の法則 です。
11.1 平均は安定する¶
サイコロを何度も振って、出た目の平均を記録していきます。
最初の数回は 2 や 5 といった値になりますが、何千回も振れば平均はほぼ 3.5 に落ち着きます。 第4章で見た「表の割合が 1/2 に近づく」現象(図4.2)と同じです。この経験的な事実を数学的に表したのが大数の法則です。
やってみよう:コイン投げで大数の法則を体験する
3人が同時にコインを投げ続けます。ボタンを押して回数を増やし、表の割合がどう変化するか観察しましょう。 色のついた帯は「ほとんどの場合にこの中に入る範囲」で、回数とともに狭まっていきます。
11.2 確率収束¶
「\(\bar{X}_n\) が \(\mu\) に近づく」と言っても、\(\bar{X}_n\) は確率変数なので、数列の収束のように「必ず近づく」とは言えません。 運が悪ければ、1万回振っても平均が 5 になる可能性はゼロではないからです。そこで、確率を使って「近づく」ことを定義します。
定義 11.1(確率収束)
確率変数の列 \(Y_1, Y_2, \dots\) と定数 \(c\) について、任意の \(\varepsilon > 0\) に対して
が成り立つとき、\(Y_n\) は \(c\) に 確率収束 するといい、\(Y_n \xrightarrow{P} c\) と書く。
言葉にすると「どんなに小さな誤差 \(\varepsilon\) を許容範囲として決めても、\(n\) を十分大きくすれば、許容範囲を超える確率をいくらでも小さくできる」ということです。
11.3 大数の弱法則¶
定理 11.1(大数の弱法則)
\(X_1, X_2, \dots\) が i.i.d. で、期待値 \(\mu\)、分散 \(\sigma^2 < \infty\) をもつとする。標本平均 \(\bar{X}_n = \frac{1}{n}\sum_{i=1}^n X_i\) について、任意の \(\varepsilon > 0\) に対して
すなわち \(\bar{X}_n \xrightarrow{P} \mu\) である。
証明
第9章の定理9.4より \(E[\bar{X}_n] = \mu\)、\(V[\bar{X}_n] = \sigma^2/n\) です。 \(\bar{X}_n\) にチェビシェフの不等式(第6章 定理6.4)を適用します。標準偏差は \(\sigma/\sqrt{n}\) なので、\(k = \varepsilon\sqrt{n}/\sigma\) とおくと \(k \cdot \sigma/\sqrt{n} = \varepsilon\) であり
右辺は \(n \to \infty\) で 0 に収束します。確率は 0 以上なので、左辺も 0 に収束します。
証明はわずか数行です。鍵は2つありました。
- 標本平均の分散が \(\sigma^2/n\) と、\(n\) に反比例して小さくなること(第9章)
- 分散が小さければ、平均から大きく外れる確率も小さいこと(チェビシェフの不等式)
大数の法則が保証すること
大数の法則は、「データを十分たくさん集めれば、標本平均で母集団の平均を好きなだけ正確に知ることができる」 ことを保証します。 世論調査で全員に聞かなくてもよいのも、くじを何度も引いて確率を推し量れるのも、この法則のおかげです。
相対頻度は確率に近づく¶
特に、\(X_i\) を「\(i\) 回目に事象 \(A\) が起これば 1、起こらなければ 0」という指示変数とすると、\(\mu = E[X_i] = P(A)\) で、\(\bar{X}_n\) は \(n\) 回中 \(A\) が起こった 相対頻度 です。
系 11.2(ベルヌーイの大数の法則)
独立な試行をくり返すとき、事象 \(A\) の相対頻度は \(P(A)\) に確率収束する。
第4章では「くり返したときの相対頻度の行き着く先」を確率とみなす頻度的な考え方を紹介しました。 公理から出発した確率論の中で、その考え方が正しかったことが 定理として証明された わけです。
大数の強法則¶
定理11.1が「弱」法則と呼ばれるのは、もっと強い形の主張も成り立つからです。
大数の強法則
同じ条件(実は期待値が存在すれば十分)のもとで
が成り立ちます。これを 概収束(ほとんど確実な収束)といいます。 弱法則が「各時点 \(n\) で外れる確率が小さい」ことを述べるのに対し、強法則は「1本1本の試行の列(図11.1の1本の線)が、確率1で最終的に \(\mu\) に収束する」ことを述べています。 証明はより高度なので、本教材では扱いません。
11.4 どのくらいの \(n\) が必要か¶
証明の中の不等式 \(P(|\bar{X}_n - \mu| \ge \varepsilon) \le \sigma^2/(n\varepsilon^2)\) は、必要なデータの数の目安も与えてくれます。
例:ある政策の支持率 \(p\) を、誤差 \(\pm 0.05\) 以内に収まる確率が 95% 以上となるように推定したい。何人に調査すればよいでしょうか。
支持なら1、不支持なら0とすると \(\sigma^2 = p(1 - p) \le 1/4\) です。
これが 0.05 以下になるには \(n \ge 2000\) あれば十分です。
ただし、チェビシェフの不等式は「どんな分布でも成り立つ」代わりにかなり控えめな評価です。 次章の中心極限定理を使うと、実は \(n \approx 385\) で十分であることがわかります(第15章で詳しく計算します)。
11.5 大数の法則の誤解¶
ギャンブラーの誤謬¶
「コインで表が10回続いた。大数の法則によれば、表の割合は 1/2 に近づくはずだから、これからは裏が出やすいはずだ」——これは誤りです。 コインには記憶がなく、各回は独立なので、次に表が出る確率は相変わらず 1/2 です(第7章の無記憶性)。
では、最初の偏りはどうやって「解消」されるのでしょうか。答えは 打ち消されるのではなく、薄められる のです。
最初に表が10回多く出たとしても、その後の1万回でちょうど半々なら、割合は \((5000 + 10)/10010 \approx 0.5005\) となって 1/2 に近づきます。 差の「10回」が埋め合わされたわけではなく、大量の新しいデータによって 相対的に無視できるほど小さくなった だけです。 実際、回数の差 \(|\text{表} - \text{裏}|\) は、むしろ \(\sqrt{n}\) に比例して大きくなっていく傾向があります。
大数の法則は「平均」についての法則
大数の法則が述べているのは、あくまで 平均(割合) が近づくことです。「合計」や「回数の差」が期待値に近づくことは述べていません。
大数の法則が成り立たない例¶
大数の法則には「期待値が存在する」という前提が必要です。第8章で紹介した コーシー分布 は期待値をもたないので、大数の法則が成り立ちません。
実は、コーシー分布に従う i.i.d. の標本平均 \(\bar{X}_n\) は、\(n\) によらず元と同じコーシー分布に従うことが知られています。 1万個のデータの平均が、1個のデータと同じだけばらつくのです。「データを増やせば平均が安定する」は、どんな場合にも成り立つ自明な事実ではありません。
11.6 応用¶
モンテカルロ法¶
大数の法則は「確率や期待値を、シミュレーションの平均で近似できる」ことを保証します。これを利用した計算手法を モンテカルロ法 といいます。
例(円周率の推定):1辺1の正方形の中に一様乱数で点を打つと、点が四分円 \(x^2 + y^2 \le 1\) の内側に入る確率は面積比 \(\pi/4\) です。 したがって「内側に入った点の割合 × 4」は、大数の法則により \(\pi\) に確率収束します。
モンテカルロ法は、複雑な積分の計算、物理シミュレーション、金融商品の価格評価、ベイズ統計の計算(第20章)など、科学技術のあらゆる分野で使われています。 本教材のシミュレーションも、すべてこの考え方に基づいています。
保険の原理¶
1人1人の事故は予測できなくても、多数の加入者を集めれば、1人あたりの支払額の平均は期待値にほぼ一致します。 保険会社は大数の法則に頼って、期待値に基づいた保険料を設定できるのです。
11.7 収束のいろいろ¶
確率変数の列の「収束」には、いくつかの異なる意味があります。次章の中心極限定理では、新たに 分布収束 が登場します。
| 収束の種類 | 定義 | 代表的な定理 |
|---|---|---|
| 概収束 | \(P(\lim_{n\to\infty} Y_n = Y) = 1\) | 大数の強法則 |
| 確率収束 | 任意の \(\varepsilon > 0\) で \(P(\lvert Y_n - Y \rvert \ge \varepsilon) \to 0\) | 大数の弱法則 |
| 分布収束 | \(Y\) の分布関数が連続な各点で \(P(Y_n \le y) \to P(Y \le y)\) | 中心極限定理 |
概収束 ⇒ 確率収束 ⇒ 分布収束 の順に弱い(成り立ちやすい)概念になっています。
まとめ¶
- 確率収束:許容誤差を超える確率が 0 に近づくこと。
- 大数の弱法則:i.i.d. の標本平均は母平均に確率収束する。証明は「\(V[\bar{X}_n] = \sigma^2/n\)」と「チェビシェフの不等式」の組み合わせ。
- 相対頻度は確率に収束する。頻度的な確率の解釈が定理として正当化される。
- 大数の法則は偏りを「打ち消す」のではなく「薄める」。ギャンブラーの誤謬に注意。
- 期待値が存在しない分布(コーシー分布)では成り立たない。
- モンテカルロ法は大数の法則の応用。
練習問題¶
問題 11.1(チェビシェフの不等式による評価)
サイコロを \(n\) 回振ったときの目の平均 \(\bar{X}_n\) について、\(P(|\bar{X}_n - 3.5| \ge 0.1) \le 0.05\) を保証するには、チェビシェフの不等式によれば \(n\) をいくつ以上にすればよいですか。
解答
\(\sigma^2 = 35/12\) なので \(P(|\bar{X}_n - 3.5| \ge 0.1) \le \frac{35/12}{n \times 0.01} \le 0.05\) より
5834回以上振れば十分です。
問題 11.2(大数の法則の適用)
\(X_1, X_2, \dots\) が i.i.d. で \(U(0, 1)\) に従うとき、\(\frac{1}{n}\sum_{i=1}^n X_i^2\) は何に確率収束しますか。
解答
\(Y_i = X_i^2\) も i.i.d. で、\(E[Y_i] = \int_0^1 x^2\,dx = 1/3\)、分散も有限です。大数の法則より \(\frac{1}{n}\sum Y_i \xrightarrow{P} \frac{1}{3}\)。
このように、大数の法則は「関数の平均」にも使えます。これがモンテカルロ積分 \(\int_0^1 g(x)\,dx \approx \frac{1}{n}\sum g(U_i)\) の原理です。
問題 11.3(誤解を正す)
「宝くじの当選確率は 100 万分の 1 なので、大数の法則によれば 100 万枚買えば必ず1枚は当たる」という主張の誤りを説明してください。
解答
大数の法則は「当たりの割合が、枚数を増やすと 100 万分の 1 に 近づく傾向がある」ことを述べているだけで、特定の枚数でちょうど期待どおりになることは保証しません。 各くじが独立に確率 \(p = 10^{-6}\) で当たるとすると、100 万枚買っても1枚も当たらない確率は
で、約37%もあります(ポアソン近似 \(Po(1)\) で \(P(0) = e^{-1}\))。
問題 11.4(モンテカルロ法)
一様乱数を使って積分 \(I = \int_0^1 e^{-x^2}\,dx\) を推定する方法を説明し、乱数の個数 \(n\) を4倍にすると推定誤差の大きさ(標準偏差)がどう変わるか答えてください。
解答
\(U_1, \dots, U_n\) を \(U(0, 1)\) の乱数として \(\hat{I}_n = \frac{1}{n}\sum e^{-U_i^2}\) とすれば、\(E[e^{-U^2}] = I\) なので大数の法則により \(\hat{I}_n \xrightarrow{P} I\) です。 \(\hat{I}_n\) の標準偏差は \(\sigma/\sqrt{n}\)(\(\sigma\) は \(e^{-U^2}\) の標準偏差)なので、\(n\) を4倍にすると誤差は \(1/2\) になります。精度を1桁上げるには100倍の乱数が必要です。